2011年10月30日日曜日

西武 連勝でファイナル進出 日本ハム 痛恨の失策で敗退

西武 連勝でファイナル進出 日本ハム 痛恨の失策で敗退

パ・リーグCS第1ステージ第2戦 西武8―1日本ハム(2011年10月30日 札幌D)

レギュラーシーズン3位の西武が接戦を制し、2連勝。クライマックスシリーズ(CS)のファーストステージを勝ち上がり、ファイナルステージ進出を決めた。

1―1で迎えた8回、西武は2死一、二塁で中村の二塁へのライナーを田中がはじき、その間に二塁走者が生還し、無安打で決勝点を入れた。9回には暴投で3点目を加えると、原の左翼線2点二塁打、中村の中越え3点本塁打でダメ押し点を奪った。

西武先発の西口は回を追うごとに調子を上げ、日本ハム打線を緩急で翻ろう。8回途中までホフパワーの本塁打による1点に抑え、その後のピンチを石井一がしのいだ。

日本ハムは序盤の好機を生かせず、8回も無死一、三塁をつぶして勝機を逸した。

それで結局、菅野は日本ハムに行くのか行かないのか

それで結局、菅野は日本ハムに行くのか行かないのか


憮然(ぶぜん)とした表情で会見場に姿を現した菅野は、伯父の巨人・原監督と一緒にやりたかったかと聞かれ、「巨人は自分の中ですごく特別な球団。当然そういう思いもあった。小さい頃はできたらいいな、くらいだったけど、大学に入って実績を残して、夢が現実となる日を思い描いていた。うーん、何と言っていいか分からない……」と言葉を詰まらせた。

その一方で、「原監督の甥」という血縁関係に他球団が続々と逃げ出す中、「一番いい投手に行こうと思っていた」(山田GM)と敢然と指名した日本ハムについて菅野は「くじを引いた、引かないは別として、多くの球団に評価していただいてうれしく思う。ダルビッシュ投手をはじめ、すごくいい投手がいる。まとまりのあるチーム」とも言った。

入団を拒否し、巨人の再指名を待つ可能性もささやかれるが、「記憶、印象に残るような選手になりたい」と言う菅野は、プロ志向が強いという。「もちろん巨人は一番だけど、巨人以外なら行かないというほどではないと思う」と話す野球部の同僚もいる。

「いろいろ苦しいものを背負ってきたが、目を見張る成長ぶりを見せた」と原監督の甥という重荷に苦しんできたことを明かした東海大の横井監督は、「最終的には本人が決断すること」と宮崎部長とともに口を揃えた。

今夏、学生時代から親交のあるプロ関係者に電話をした菅野は、巨人入りへの不安を漏らすと同時に、ノビノビ野球ができる球団はどこかと聞いてきたという。1年の浪人や2年の社会人などは時間のムダ、遠回りだと菅野は考えているのだ。

問題はただひとつ。強行指名に激怒しているという東海大系列校野球部顧問の原貢氏、つまり、菅野の祖父への説得が一番のポイントとなる。

2011年10月17日月曜日

破局報道一転 巨人・沢村、日テレ・森アナと今オフ結婚

破局報道一転 巨人・沢村、日テレ・森アナと今オフ結婚

巨人は17日、沢村拓一投手が今シーズンオフに日本テレビの森麻季(まき)アナウンサーと結婚することが正式に決まったと発表した。

2人は沢村が中大時代から交際しており、ゴールインとなった。沢村は球団を通じて「家族ができる喜びと責任の重みを心に刻み、今後はより一層、野球に精進します。どうか温かく見守ってください」とコメントした。

2011年10月12日水曜日

元中日・大豊さん、白血病の闘病語る 実妹からの移植で元気に

元中日・大豊さん、白血病の闘病語る 実妹からの移植で元気に

日本骨髄バンク設立20周年記念イベント「つなげよういのち」の集会が10日、名古屋市中村区のウインクあいちで開かれ、元プロ野球中日ドラゴンズ選手の大豊泰昭さん(47)が講演し、急性骨髄性白血病を発症し、実妹からの末梢(まっしょう)血幹細胞移植で元気を取り戻すまでの体験を語った。

大豊さんは2009年春、体調不良で検査を受けたところ白血病と判明。「高校時代に野球部の先輩、ドラゴンズ時代には監督の奥さんが同じ病気で亡くなっている」ことを思い出し、医師に「私、助かりますか」と尋ね、涙が止まらなかったという。

抗がん剤の投与で好転し、退院したものの、昨年3月に再発。骨髄移植のため、「骨髄バンクを通じてHLA(白血球の型)が一致するドナー(提供者)を探したがゼロだった。もしかしてと台湾にいる兄弟のHLAを調べてもらったら実妹とほぼ一致し、ようやく希望が見えた」という。

大豊さんは講演後、骨髄移植をした元患者やドナー経験のある若者たちとのトークショーにも参加。「人への思いやりがあってこその骨髄バンク。生き残ったのは世のために何かする役割があるのだと思う」などと語っていた。

2011年10月8日土曜日

香川、初体験

香川、初体験の3-4-3に戸惑い

香川、3―4―3に「スペースがなかった」…ベトナム戦

キリン・チャレンジカップ 日本1―0ベトナム(7日・ホームズスタジアム神戸) ザック・ジャパンが超格下のベトナム相手に凡戦を演じた。前半24分にFW李忠成(25)=広島=が先制ゴール。1―0で勝利したものの追加点は奪えず、前半のみ採用した3―4―3システムは消化不良に終わった。

故郷・神戸でFW香川は見せ場を作ることはできなかった。前半20分、唯一のシュート。FW藤本のパスを受けてGKをかわしたが、弱々しいボールを相手DFにクリアされた。「地元? 結果を何も残していない」と背番号10はほぞをかんだ。

代表で初めて経験するシステム(3―4―3)は消化不良だった。「1トップ(FW李)との距離が遠かった。自分の力のなさ。なかなかスペースがなかった」。引いてくる相手を細かいパスで崩せなかった原因は、理解不足にあったことを認めた。「難しかった」と表情が曇った。

1日のアウクスブルク戦では今季初めて出番がなく、試合勘が鈍っていたことも事実だ。「疲れを感じるところはあった。でも一発(試合を)できてよかった。次が大事です」。自らに言い聞かせるように前を向いたエース。故郷で作った借りは、昨夏までの本拠・長居で返す。