2011年8月26日金曜日

なでしこ見せろ!沢しか知らん!湯郷“パンク寸前” (夕刊フジ)

なでしこ見せろ!沢しか知らん!湯郷“パンク寸前” (夕刊フジ)

中国・済南で行われる五輪アジア最終予選に向け、サッカー女子日本代表は岡山県美作市の湯どころ、湯郷(ゆのごう)で合宿中。なでしこたちを一目見ようと、人出は日を追うごとに増え、地元の受け入れ体制もパンク寸前だ。

合宿3日目にして、初めて天候に恵まれた24日の午後3時過ぎ。湯郷の河川敷にある無料シャトルバスの停留所には、30分から美作ラグビー・サッカー場で始まる女子代表の午後の練習を見ようと、200人の長蛇の列ができていた。

ほかの停留所も似たような状況で、近辺の道路は“なでしこ渋滞”に。練習場の近くに設置された美作市のキャンプ支援室は大わらわ。スタッフは「バスを当初の6台から5台増やし、駐車場も十カ所程度増やして、なんとか午後3時45分までに全員を移動させられました」と深く息をついた。

合宿前には、来場者を多くて5000人と見積もっていたが、この日は午後だけで6000人。週の真ん中であっさり想定のラインを突破した。午前の2600人と合わせて、のべ8600人。合宿初日の3500人から、倍以上に増えた。

この日は蒸し暑く、60代の女性がめまいを起こして転倒し、頭を打って救急車で運ばれる事態も発生。普段は夏の日中にスポーツを見る習慣がないファン層が大半だけに、受け入れ側の心配も増すというものだ。

倉敷市の40代女性も「ファジアーノ(岡山県が本拠地のJ2クラブ)も見に行ったことないし、沢さんしか知らない。サインをもらおうと思ったけど、誰が誰だかわからないので声もかけられなかった」と話す。

誰もが知っている国民的ヒロイン、沢穂希主将(32)はこの日、地元の男子大学生との合同練習中に接触して左足首を痛め、大事を取って途中で外れた。千両役者がピッチに不在でも、試合形式の練習ではスタンドが大盛り上がりだった。

なでしこは3年前の北京五輪の際も湯郷で直前合宿を張ったが、支援室スタッフは「あのときとは全く比較にならない。週末はどこまで人が増えるのか。徹夜で計画を練り直さないといけない」と、青天井のフィーバーに悲鳴をあげている。

2011年8月23日火曜日

香川が自身のプレーに不満「何か足りない自分がいる」

香川が自身のプレーに不満「何か足りない自分がいる」

ドルトムントに所属する日本代表MF香川真司が、自身のブログでリーグ戦でのプレーを振り返るとともに、次節に向けて決意を表明している。

香川は、開幕戦のハンブルガーSV戦でドイツ誌『キッカー』のベストイレブンに選出されるほどの活躍を見せ、10日の日韓戦でも圧巻のパフォーマンスを披露したが、リーグ戦ここ2試合は厳しいマークに苦しみ低調な出来に終始。試合ごとの採点でも厳しい評価が下されている。

実際に香川自身も「とりあえずここ2試合を振り返ると、個人としてのプレーにはかなり納得がいってません」と、自らのパフォーマンスに満足していない心情を明かしている。

また、「何か、いつもと違う自分自身がいます。練習をしてても、何か足りない自分がいます」と、練習中から思うようにプレーができていないことも吐露。

それでも、「試合は待ってくれないし、この1週間しっかり今の自分と向き合って、試合までに整理してレバークーゼン戦に臨みます!」とアウェーで行われる次節には、決意を新たに臨むことを宣言している。


2011年8月9日火曜日

巨人の長野、左ほおの骨にひび 原監督「抹消はしない」 (共同通信)

巨人の長野、左ほおの骨にひび 原監督「抹消はしない」 (共同通信)

7日の広島戦(マツダスタジアム)で頭部死球により負傷退場した巨人の長野久義外野手が8日、都内の病院で精密検査を受け、左ほおの骨にひびが入っていると診断された。原辰徳監督は「登録抹消はしない。動きだすのは(9~11日の)横浜戦明けでは」と話し、出場選手登録からは外さずに様子を見る意向を明らかにした。長野は広島戦の八回に今村猛投手の速球を左側頭部に受けた。ここまで打率3割1分1厘でリーグトップ。

2011年8月4日木曜日

意識戻らず…無念 松田直樹選手 死去

意識戻らず…無念 松田直樹選手 死去

サッカー元日本代表で、日本フットボールリーグ松本山雅FCに所属する松田直樹選手(34)が4日午後、長野県松本市内の病院で死去した。

松田選手は2日午前9時半ごろ、松本市のグラウンドで練習中に倒れた。見学していた女性看護師が心臓マッサージをしたが、病院に搬送された時は心肺停止状態だった。

その後、微弱ながら心臓の鼓動が戻り、人工心肺装置で血流を維持したが意識は戻らなかった。2日の練習中に倒れ、意識不明となっていた。

松田選手は群馬県出身。1995年から昨季まで横浜Mでプレー。日本代表として40試合に出場し、2002年ワールドカップ(W杯)日韓大会でも活躍した。今季から松本山雅FCに移籍した。